2017年2月19日日曜日

青年の島と結んだ絆



CUBAPON(日本キューバ連帯委員会)は2008年に、日系人で農業を営んでいる人が多い青年の島で稲作支援を行うことを決め、2011年には、外務省の「草の根無償資金協力」を活用し、国際NGO「ムンド・バット」を通じておよそ8万ユーロ相当の農機具を島に届けるため調整を進めてきた。
農機具がハバナのマリエル港に陸揚げされたのは2016年1月。それから島の対岸のバタバノ港に運ばれ、そこでまた数カ月、「今か今か」と待ちに待って、5月になってようやく島に届いたとのメールがきた。

そして、昨年11月。
「第19回キューバ友好訪問団」で青年の島を訪れ、それらの農機具を見ることができた。

2017年2月17日金曜日

ハバナのマキナ全ルート


これは便利!と自分で言っちゃう。
じゃん。【ハバナのマキナ全30ルートと改訂運賃一覧】でーす。
知らない町の名前を見ると、マキナで行ってみたくなります。

2017年2月16日木曜日

マキナ新料金と改革キューバの前途【その3】


私が「マキナ新料金」の記事を読み漁っていたちょうどそのとき、ハバナに住む友人からのメールがきた。彼女は「最近、キューバで変わったこと」をときどき書き送ってくれる。
メールでは、たまたま最近のマキナ事情にふれて、こんなことが書いてあった。

政府が乗り合いタクシーの値段を一つの地区(municipio)内は5ペソと制定、昨日より実施。今後一般市民のふりしたインスぺクトールがマキナに乗り5ペソ以上の請求した運転手は即ライセンス取り上げの徹底ぶり。
え?今まで普通に10ペソはらってたのに?すごい安くなったじゃん、しかも不当に多く請求される心配もない、助かる~!!
とはぬか喜びで、最近ただでさえ朝夕の通勤時はマキナ争奪戦で捕まえるのに苦労してたのに、「5ペソ程度のもうけじゃやってらんねぇ!」って運転手は思ってるらしく、今日あたり土曜なのに街にはマキナが全然走ってない…
これからますますマキナが捕まえにくくなる悪い予感しかしない…"(-""-)"


2017年2月15日水曜日

マキナ新料金と改革キューバの前途【その2】

「CUBADEBATE」サイトより 2月8日の記事

以下、「CUBADEBATE」の記事より

タクシードライバーというより「ボテロス」というニックネームの方がよく知られているハバナのタクシー(以下、マキナとする)運転手が、何ヶ月か前から客に余計に払わせるためにルート間で区間を区切っている。「CUBADEBATE」ではこの問題を何度か取り上げてきたが、その過去記事は最後の「関連記事」のところで見ることができる(HPではジャンプできる)。

住民の幸せのため、ハバナ市当局は30ルートのマキナ運賃の限度額の設定に介入した。クリタ公園から市内のさまざまな地区に向かうルート上のさまざまな地点までのそれぞれの新たな運賃が明らかになる。


2017年2月14日火曜日

マキナ新料金と改革キューバの前途【その1】

キューバのニュースサイト「CUBADEBATE」でこんなニュースを見つけた。
Gobierno de La Habana pone precios máximos a rutas de los “boteros”
=「ハバナ市当局、ルートタクシーの料金の上限を決める」

興奮してつい「赤文字&ボールド」で強調してしまったが、個人でハバナを訪れた人、特に長期滞在した人なら、これがどんなに凄いニュースかお分かり頂けると思う。
というのは、ハバナ滞在にルートタクシーは欠くべからざるもの。それでいて、謎の多い乗り物だからである。
市民の足として欠かせない「マキナ」

2017年2月13日月曜日

私がフィデルだ【その3】

1959年1月、ハバナ入城
11月30日、朝7時、フィデルの遺灰が車に安置され、サンティアゴ・デ・クーバまでの葬列が始まりました。
1959年1月1日、革命を成し遂げたフィデル・カストロは、翌2日、サンティアゴ・デ・クーバからハバナに向かってキャラバンを開始しましたが、今回は、ハバナからサンティアゴ・デ・クーバへ帰っていく道です。
ただし、1959年は歓喜に包まれていたのに対し、今回は、多くの人が涙にくれて彼を見送ったのでした。