2016年9月20日火曜日

拉致問題に思うこと


数日前の拉致問題の記事―【蓮池透さん、対北朝鮮の戦略見直しの必要性を語る】
これに関連してキューバの戦略的外交について考察してみたい。

拉致問題を考えるとき、私はキューバの「5人の英雄」を思い出す。

1998年から2014年12月までアメリカに囚われていた5人のキューバ人がいた。彼らは、5人の英雄―「Cinco Héroes」、または「Miami five」と呼ばれていた。
一昨年12月、アメリカーキューバ間の国交回復に向けた協議の開始に先立ち、終身刑を含め刑期が残っていた3人が電撃的に釈放されキューバに戻ってきたニュースが映像とともに全世界をかけ巡った。既に刑期を終えてキューバに戻っていた2人を含め、5人全員がラウル・カストロ議長の前に顔を揃えた。キューバのメディアは一斉に「フィデルの約束をラウルが果たした」と報じた。


彼ら「5人の英雄」について書こうと思うが、その前に、キューバという小さな島国と、その北に広がる強大なアメリカ合衆国の関係について触れておきたい。

1959年のキューバ革命政府樹立以降、マイアミを中心とする「キューバ系アメリカ財団」とCIAに支えられたテロ活動がフロリダ州南部を基地としてキューバ国土へ次々と繰り広げられてきた。
よく知られるのは1961年「プラヤ・ヒロンの闘い(ピッグス湾事件)」と呼ばれる攻撃である。CIAに後押しされた武装した実行部隊1500人が4月17日、プラヤ・ヒロンに上陸した。しかし、キューバ軍の返り討ちに遭い、わずか2日で撃退され1,189名が捕虜になった。キューバの大勝利である。
なぜキューバがこれほど速やかに撃退できたのか。それは「アメリカが侵略して来るという情報が、キューバに筒抜けだったからだ」という。しかし、どの地点から侵略してくるのか、そこまではわからなかったので軍を分散させていた。だから、最初の数時間は地元の民兵だけで苦戦したそうだ(プラヤヒロン記念館で聞いた話)。
この話から、当時、アメリカにキューバ防衛のための情報収集に従事する要員がいたと想像できる。
その後も、クバナ航空機爆破、観光ホテル連続爆破など、アメリカの、正確に言えば“マイアミを中心とする「キューバ系アメリカ財団」とCIAに支えられたテロ行為”が続いてきた。二国間の状況が、プラヤヒロン事件の当時と変わらない以上、キューバがアメリカに継続的に「情報収集要員」を送ってきたこともまた想像に難くない。

さて、「5人の英雄」に話を戻す。
マイアミで情報収集活動にあたっていた5人のキューバ人がFBIに逮捕されたのは1998年9月12日。その後、マイアミの裁判所において終身刑を含む不当に重い刑が下され収監された。
アメリカ政府及び軍に対するスパイ活動、アメリカ国土に対する破壊活動や戦争行為の事実はいっさいないにも関わらず、アメリカでは国家への破壊活動と断罪された。一方、キューバでは祖国に対するテロ攻撃を未然に防ぐ為の防衛的監視活動に従事してきた「反テロの闘士」、「5人の英雄」と呼ばれた。

5人の解放のため、キューバはあらゆる手立てを講じた。国内では学校、病院、お店、空港、通り、あらゆる場所に、彼らの写真と「iVOLVERÁN!=帰ってくる!」と書かれたポスターや看板が貼られ、テレビ、ラジオでも彼らの名前を聞かない日はなかった。国外では世界中に200以上の「連帯組織」が結成された。日本においても2007年、「アメリカに囚われている五人のキューバ人士の解放を求める日本百人委員会」が結成されている。

「5人の解放を求める日本百人委員会」結成に至る過程をたまたま近い位置で見てきたが、キューバ大使館が大きな役割を果たした。身元を隠しテロ組織のシンパを装って組織に潜入して情報収集していた彼らは、ざっくり言えばスパイである。映画やドラマでは身元が割れたスパイは拷問されて殺されたりもする。そんな微妙な問題だけに、非常に苦労しながら、私が知りうるだけでレクチャーの場を幾つも設け、どんな疑問に対しても一問一答式で誠実に対応して、協力者を一人ひとり拡大していった。
キューバは「びんぼー国」なので、金の力に訴えることはできない。個人の正義感と義侠心に地道に訴えていくしかない。人の心に訴えるには、自からはそれ以上の「心」を示す必要がある。5人を見舞った不幸、理不尽。何としても助けたい。大使館のエルミニオ参事官(当時)から、そうした火を吐くような思いが伝わった。
世界中でエルミニオのような外交官たちが、文字通り火の玉になって組織した5人の解放を求める連帯組織が200以上。2007年キューバのオルギン州で各国の連帯組織が集い第1回交流集会(オルギン会議)が開催され、その後、恒例化された。最初は3カ国10人ほどのミニ集会だったというが、私が参加した第4回オルギン会議(2010年)は20カ国100名を超えるまさに国際大会であった。

こうした、外国に囚われた自国民救出のためのキューバの努力をじかに見てきた私がしみじみ疑問に思うのは、拉致被害者救出のために日本政府は何をやってるのか、ということだ。
口を極めて非難はしても具体的な努力が見えてこない。支援組織が日本にあるのは当然として、日本の外務省がどこかの国に支援組織を一つでも作っただろうか。この問題への理解を世界に広げ世界的な世論を惹起していこうという気が、少しでもあるのだろうか。
2003年、フィデル・カストロ議長(当時)が来日したとき、当時の小泉総理大臣から拉致問題の話を聞いた彼は誠実にも「私にできることは小さな砂の一粒かもしれないが、一粒一粒の積み重ねが大事だと最近になって気がついた。私にできることは何でもやるから言ってくれ」と言った。そのフィデルに、日本政府が具体的に何か要請をしただろうか。
安倍総理は、地球を俯瞰する外交とやらを展開しているが、行った先で拉致被害者について言及しているのか。首脳会談で、彼らの救出のためにともに声を挙げてくれと言ったことがあるのか。

今週、彼はキューバを訪れ、ラウル、それにフィデルとも会談するそうだが、小泉元総理のように拉致問題を話題にする場面があるだろうか。

内輪でヒステリックに叫んでみても、何も前進しないのは明らかだ。

追記: フィデルとの会談で拉致問題には触れたようです。

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